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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)210号 判決

上告人

原田光重

右訴訟代理人

岡林辰雄

中田直人

被上告人

寺田徳平

被上告人

寺田智徳

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡林辰雄、同中田直人の上告理由第一点について。

所論は、要するに、旧訴訟(東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第四九八六号、東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一四四七号および最高裁判所昭和三〇年(オ)第八六一号各土地建物明渡請求事件)において、被上告人らは、甲一号証および同二号証が偽造である旨主張していたのであるから、これらが偽造であることを事由とする本件再審の訴は、民訴法四二〇条一項但書によつて許されないと解すべきであり、これを許容した原判決には同条項の解釈適用を誤つた違法がある、というものである。

しかしながら、民訴法四二〇条一項六号および七号に該当する事由が再審事由として主張されている場合、同条一項但書によつて再審の訴が許されないのは、旧訴訟における上訴により、右再審の事由のみならず、同条二項の再審の訴の適法要件が主張され、もしくは、かかる要件の存在することを知りながら主張されなかつた場合に限られるものと解するのが相当である。そして、原審の確定したところによれば、本件旧訴訟における上訴により、被上告人らは、甲一号証および同二号証が偽造であり、旧訴訟第二審証人原田千代美の証言(第一回)が虚偽である旨主張していたが、上告人が甲一号証および同二号証を偽造したものであることならびに証人原田千代美の右証言が虚偽であることにつき、民訴法四二〇条二項の要件を具備するに至つたのは、旧訴訟上告審の上告棄却の判決の言渡後であるというのであり、右認定判断は論旨第二点について判示するとおり正当であるから、甲一号証および同二号証の偽造ならびに証人原田千代美の右証言が虚偽であることを事由とする本件再審の訴は、同条一項但書によつて不適法となるものではない。これと同趣旨の原判決は正当として是認することができる。所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

所論は、上告人の甲一号証および同二号証の偽造行為に対する不起訴処分の有無、不起訴処分があつたとすれば、証拠欠缺外の事由に基づくものであるかどうかの諸点について、被上告人らが主張・立証しなかつたにもかかわらず、右甲号各証の偽造行為につき、民訴法四二〇条二項後段の要件が存在する旨判断した原判決には弁論主義に反する違法があり、また、原判決には右の諸点につき具体的に審理判断しなかつた審理不尽による理由不備ないし理由そごの違法がある、というものである。

按ずるに、本件甲一号証および同二号証が私文書偽造とこれを行使して犯された本件公正証書原本不実記載・同行使の各所為は、いわゆる牽連犯であつて科刑上一罪の関係にあると解すべきである。そして、かかる牽連犯において、目的行為たる公正証書原本不実記載・同行使の各罪につき起訴があつた場合には、検察官は、その手段行為たる私文書偽造(同行使)の罪につき訴因の追加をなしうるが、かかる訴因の追加がなされなかつたとしても、私文書偽造(同行使)の罪が犯されたことを前提に公正証書原本不実記載・同行使の各罪につき有罪の判決がなされてこれが確定し、この確定判決の既判力が私文書偽造の罪に及び、この罪につき公訴の提起をなしえなくなつたときは、私文書偽造行為につき民訴法四二〇条二項後段所定の証拠欠缺外の理由により有罪の確定判決をうること能わざるときに当たると解するのが相当である。したがつて、本件において、上告人の甲一号証および同二号証の偽造行為を前提とする上告人に対する本件公正証書原本不実記載・同行使の各罪につき有罪の判決が確定したときは、甲一号証および同二号証の偽造につき民訴法四二〇条二項後段の要件が充足されたものというべきであり、これと同趣旨の原判決は正当として是認することができる。そして、本件記録に徴すれば、原審における被上告人らの主張には、右の趣旨の主張も含まれていると解しうるから、原判決には所論弁論主義違背の違法も存しない。原判決に所論の違法は認められない。論旨は、独自の見解に立脚して、原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

同第三点について。

所論は、原判決には民訴法四二四条所定の再審期間の起算点の解釈適用を誤つた違法がある、という。

思うに、牽連犯において、目的行為がその手段行為についての時効期間の満了前に実行されたときは、両者の公訴時効は不可分的に最も重い刑を標準に最終行為の時より起算すべきものと解するのが相当である(大審院判決大正一二年一二月五日刑集二巻一二号九二二頁、大審院判決昭和七年一一月二八日刑集一一巻下一七三六頁。)。

本件において、原審の確定した事実および本件記録上明らかな事実によれば、上告人が甲一号証および同二号証の各私文書を偽造したのは昭和二六年一一月中であるが、甲一号証の偽造罪についての公訴時効は、これを用いて公正証書原本不実記載・同行使の各罪が犯された同年一二月六日から起算すべきであり、甲二号証の偽造罪についての公訴時効は、これを用いて右各罪が犯された同月四日から起算すべきものである。そして、上告人に対して、右各公正証書原本不実記載・同行使の各罪につき公訴が提起されたのが、この各罪の公訴時効期間内である昭和三一年一二月三日であるから、甲一号証および同二号証の各偽造の罪についても公訴時効は完成しなかつたものと解すべきである。そして、前段説示のとおり、甲一号証および同二号証の偽造行為につき民訴法四二〇条二項後段の要件が充足されたのは、上告人に対し、右各公正証書原本不実記載・同行使の各罪について有罪判決が確定した昭和三八年一二月一六日(原判決に一五日とあるのは、一六日の誤記と認める。)であり、原審の確定するところによれば、被上告人が右有罪判決の確定を知つたのは同月二〇日頃であるというのであるから、それから三〇日以内である昭和三九年一月一六日に提起された本件再審の訴は、民訴法四二四条一項所定の不変期間経過前に提起されたものというべきである。

また、記録によれば、本件再審の訴における取消の対象とされている旧訴訟の第二審判決が確定したのは昭和三二年七月一九日であるから、本件再審の訴は、それから五年以上を経過した後に提起されたことが明らかである。しかしながら、民訴法四二四条四項にいう「再審ノ事由カ判決確定後ニ生シタルトキ」とは、同法四二〇条一項八号の場合に限定されるべきではなく、同条一項六号および七号の場合であつても、これらにつき同条二項の要件が判決確定後に充足されたときをも含むと解するのが相当である。けだし、文理上右のように解することに支障はなく、また、右のように解さなければ、判決確定から五年以上経過した後、はじめて、刑事の有罪判決が確定するような場合には、再審の訴を事実上否定することとなり、再審の訴を提起しようとする者にとつて著しく酷な結果となるからである。なお、最高裁昭和二九年二月一一日第一小法廷判決民集八巻二号四四〇頁は、上告論旨と対比すれば、民訴法四二四条三項および四項所定の期間の起算点は、当事者の再審事由の知・不知のいかん、その時期によつて異ならないことを判示したにとどまり、その余の部分は傍論にすぎず、前記のような解釈をとることを否定する判例とは解しえない。

本件において、既に述べたとおり、甲一号証および同二号証の各偽造ならびに証人原田千代美の前記証言が虚偽であることにつき、同法四二〇条二項の要件が充足されたのは昭和三八年一二月一六日であるから、本件再審の訴は同法四二四条三項、四項所定の期間経過前に提起されたものと認められる。

以上の諸点につき、右と同旨の見解に基づき、本件再審の訴を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でない。原判決に所論の違法は認められない。論旨は、右と異なる見解に立脚して、原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

同第四点について。

旧訴訟の第二審における証人原田千代美の証言(第一回)が虚偽であつたことは、民訴法四二〇条一項七号、二項前段に該当し、再審の事由となる旨の原審の判断は正当として是認することができる。また、旧訴訟第二審判決の事実認定において、原田千代美の右証言は、旧訴訟第一審証人長谷川善作の証言および旧訴訟第二審証人和田好子の証言よりも重要であつたことは記録上窺いうるから、原田千代美の右証言につき再審事由を肯定し、長谷川善作および和田好子の右各証言につき再審事由を否定したとしても、理由そごないし理由不備の違法があるとはいえない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第五点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができ、右認定判断の過程に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(田中二郎 下村三郎 関根小郷 天野武一 坂本吉勝)

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